怖いの先にある、新しいわたし|自分を信じる力を育てたい

急に歯が痛いと言い出した娘を、かかりつけの歯医者に連れて行こうとした。ところが予約は2週間後まで空いていない。

「娘が痛がっているのに、2週間も待つなんて…。緊急対応も承りますってHPにあったけれど」心の中でモヤモヤした気持ちが湧き上がった。

痛がる娘を見ながら、必死に近隣の歯科医院を調べて、なんとか別の医院で診てもらうことができた。


その日の夜、Googleから「口コミ投稿ありがとうございます」の通知が届いた。


覚えのない通知に慌てて確認すると、かかりつけの歯医者に「星1つ」の評価がついていた。

最悪だ。

私のGoogleアカウントはフルネーム登録。
近所の人や医院の方が見れば、誰が評価したか一目瞭然。

娘と一緒に歯科医院を探して比較している時に、誤って評価項目に触ってしまったのだろう。慌ててすぐに削除したものの、私の心はプチパニックに陥った。

「嫌な親だと思われたかな」「近所で噂になったらどうしよう」——想像と妄想が膨らんで止まらなくなった。

夫に話すと「それは過激だね〜」と笑われ、余計に胸がざわざわした。

正直、歯医者なんて他にいくらでもある。この一件で気まずくなるなら、家族ごと別の医院に変えてしまえばいい。心の中で悪魔が囁く。

でも、それは違う。気まずさや罪悪感から逃げるのは嫌だった。


私は本当はどうしたい? 自分の「肚(はら)」に問いかけてみる。

「肚」とは、最近私が大切にしている概念のひとつ。頭で考える損得や建前ではなく、心の奥底にある本当の気持ちのこと。この感覚を育てることを、今の私は意識して取り組んでいる最中だ。

誤操作に気づいた瞬間、わたし咄嗟に思ったのは保身ではなかった。

いつも良くしてくれる先生や受付の人が好きで、先生の丁寧な診察と治療技術を信頼している。「先生を傷つけてしまったかもしれない。申し訳ない、謝りたい」——それが私の本心だった。

時間が経つにつれ、不思議と保身や逃避に走ろうとする思考が湧いてくる自分にがっかりしつつも、最初に感じた気持ちを無かったことにはしたくなかった。

もし相手が口コミを見ていたら、信頼関係が崩れているかもしれない。「もう来なくていいです」と言われるかもしれない。

それでも、逃げないと決めた。不安と恐怖を抱えながら、勇気を出して電話をかけた。

結果は、心配していたものとまるで違った。口コミのことには一切触れられず、「娘さんの痛みは大丈夫?」「○日に空きがあるけど、どうしますか?」と心配してくれていた。

相手が口コミを見ていたかは分からない。

でも声で分かった。信頼関係は続いている。


拍子抜けしたような、でも心底ホッとした気持ち。

それ以上に大事だったのは「逃げなかった自分」だった。

いくつになっても、怒られるかも、嫌われるかもと思うと怖い。

それでも「誠実に向き合って、謝罪して、感謝を伝えよう」と決めて行動できた。相手に拒絶されても受け入れる覚悟を持って、一歩を踏み出せた。

小さなことかもしれない。

でも相手にどう思われるかではなく、「自分が自分をどう思うかを大切に行動できた」ことが何より大事だと思った。



生きていると色々ある。小さな誤解や歪みが生じて、気まずくなったり逃げたくなったりすることは日常茶飯事だ。

でも、いくつになったって遅くない。こうして一つずつ「逃げなかった自分」を積み重ねることで、私は私への信頼を育てている。

些細なことほど大事にしたい。めんどくさい、逃げちゃいたい。そんな気持ちを認めながらも、誠実に向き合えた。

何よりも、逃げてしまっていたら、きっと自分を嫌いになっていたと思うから。

逃げなかったわたし、よく頑張ったね。

これからもこうして少しずつ、自分を信じる力を育てていきたい。最後のときまで続く「肚育て」。

——「怖い」の先にこそ、新しいわたしがいる。

そう思えた日だった。


**

後日、このエピソードを何気なく母に話した。

「その歯医者さんがいいって思ってるなら、星1つを取り消すだけじゃなくて、星5つつけて口コミも投稿してあげたらよかったじゃん」

その言葉にハッとした。そんな発想がなかったわたしは思わず唸ってしまった。

母は自営業で長年お店を営んできた人。

たくさんのお客様との関わりの中で、口コミや評判に一喜一憂してきた経験もあるからこその、何気ないアドバイスが刺さった。

「どんな口コミでもリアクションしてもらえるのは嬉しいもんだよ」と笑う母が偉大に見えた。

わたしもこれから関わるすべての人に、気持ちのいいフィードバックができる人でありたいと心底思った瞬間だった。

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